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    字幕映画『トイレット』で邦画を考える

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      評価:
      ポニーキャニオン
      (2011-03-16)

       

      JUGEMテーマ:洋画


      英語なのに日本映画に見える不思議


      邦画とはなんぞや。

      そんなことを考えたのは、邦画『トイレット』を鑑賞している最中だった。

       

      友人に勧められて、偶然BSで放映中のものを録画したのである。

      いわく「外国語なのにちゃんと日本映画に見える」のが面白いという。

       

      ホンマかいな。

      私は半信半疑だったが、作品を観て、まさにその通りだと思った。

       

      正直言って、筋立て・展開・俳優・キャラクター、どれもが個人的には及第点クラスのもので、「これスゴイ面白いから」とは人に言いたくない出来の映画だと思った。

       

      でも、面白さ以上の価値を、この映画から感じた。

      それは、この映画の存在が、「邦画とはなにか?」という率直な問いかけを投げかけてくれたからだ。

       

      舞台は外国、登場人物ももたいまさこを除いて全員外国人、しゃべられる言葉も外国語なら、せりふはすべて字幕で表示される……。

      これだけならほとんど洋画と変わらない装置が用意されているように見える。

       

      でも、なぜだろう。

      友人が言ったように、『トイレット』見ながらこれは洋画だと思うことはほとんどなかった。というより、これはたしかに邦画だ、という妙な再認識をくりかえし続けることになったのである。

       

      これは映画を見てきた人生のなかでも極めて稀な体験だった。


      ◇ 


      IS THIS 邦画?


      邦画とは単純に言って、日本の制作会社によってつくられた映画のことだ。

      洋画もまたしかり。

      でもそんなことは重要ではなく、ここで言いたいのは、「見た感じ」邦画と思わせられるのか洋画と思わせられるのか、だ。

       

      その意味で、『トイレット』は洋画っぽく見える。全編が外国語/字幕のトーキー邦画は他にないのではないか。

      にもかかわらずこの映画は邦画な「感じに見えた」。

       

      もちろん、これは私個人の意見で、なかには洋画っぽく見えた人もいるだろう。

      ただ、私の見立てでは、カメラワークと間の置き方に、洋画にはない邦画独特の持ち味があるように感じられた。

      具体的には、カメラの動きの少なさ、引きの多さ、画面の切り替えの、遅さやわざと沈黙を際立たせるようなタイミングがそれだ。

       

      とはいっても私はもっぱら洋画専門なので、これはかなりの当てずっぽうかもしれない。

      なんとなく観ながら、(洋画慣れしている身として)違和感を感じた部分をあげつらったにすぎない。

       

      さらに付け加えれば、洋画らしくないといっても、一部のヨーロッパ映画の間合いには通ずるものがあるような印象も受けた。

       

      さて、ここまで印象論を立て続けに書けば、なんだそれは、とちゃぶ台をひっくり返されても文句は言えない。

      そこでここに一つ、新たな、もっともらしい根拠を挙げようと思う。

       



      字幕とはひとつの文化である(英語がわからないと)


      それが字幕だ。

       

      字幕とは従来、外国映画を日本語しか理解できない(無学な私のような)観客に向けてつけられたものである。

       

      であるからして、俳優の口の動きと字幕の量が明らかに違うことに、違和感を感じることも間々ありうることだ。

      英文をそのまま日本語に直して、視認・読解するのにふさわしい文章にすれば、多くの場合、言葉は簡潔に、短く、わかりやすく、的確なものに置き換えられるはずである。

       

      そうなると、字幕と、俳優のしゃべり言葉としての音の間には、必然的に差が生じる。

      情報量の差もそうだし、意味がわからないなりに語感の差を感じることもある。

      簡単な英語なら、訳がかなり意訳っぽくなっていることに気づくこともある。

      そもそも、英語表現がそのまま日本語表現に置き換えられないときもあるはずだ。

       

      字幕とは、言語間の誤差を、可能な範囲で、かつ映画の醍醐味を損なわないように、施されたものなのだ。

       

      それはとてもありがたいことで、すばらしいことだと思うし、翻訳者の方々にはいくら感謝してもしきれないくらい尊敬の念を抱いている。


      そして、字幕とはたぶん、日本映画界における、ひとつの文化の一端となっているのではないだろうか?

       


      映画のリズムは会話言語で決まる


      字幕を見慣れた人からすると、「トイレット」の字幕に違和感があるのではないだろうか。

      おそらくそれは、外国映画の字幕ではなく、あくまで日本映画の字幕、すなわち「翻訳されることが最初から予定されていた映画」だからだ。

       

      そこには、他の一般的な洋画と比べて、言語間誤差が圧倒的に少ない。

      もとより日本語に直せない英語表現は使われていないだろう。

      それに、もたいまさこの呼称が(この英語がふさわしいかはわからないが)「グランマ:音声→ばーちゃん:字幕」ではなく、「バーチャン:音声→ばーちゃん:字幕」となっていることも象徴的だ。

       

      この映画では、外国語が使われてはいるが、英語→日本語の変換作業における誤差がかなり少ないのではないだろうか。

       

      それが観客にとってどれだけの意味を持つかはわからない。

      でも個人的な感覚で言わせてもらえれば、ここまでキレイに言葉を整理された外国語の映画というのは、洋画としての雰囲気を薄めさせ、より母国語の映画に近いように見えるのだと思う。

      もちろん、それは肌感覚での違い、意識できないレベルでの認識でしかないのだろうけど…。

       

      付け加えると、この「整理された外国語の映画」である『トイレット』は、より字幕と演出の間における誤差も少ないように見受けられた。つまり、場面の切り替わりに合わせて字幕を用意するような必要はないということだ。

      なぜなら、すでにある音と演出の後に字幕をつけるのではなく、字幕のことも最初から念頭に入れて本編を製作することができるからだ。

       

      言うまでもなく、これは本来の母国語映画(アメリカ人が見るためのアメリカ映画)ではありえない。邦画だって、まさかハングル字幕がつくことを考えながら演出や間の置き方が決定されているわけではないだろう。

       

      『トイレット』においては、こうした都合よく字幕をつけられる環境によって、映画全体のカメラワークが、外国語のリズムではなく日本語のリズムで行われているような気がする。

      そのリズムは、日本人の五感にとって馴染み深いリズム=邦画(や日本のテレビドラマ)のリズムに、自然と近くなるのかもしれない。

       



      余談:外国人が日本語 を話す映画


      余談だが、その数日後にテレビで、邦画『テルマエ・ロマエ』がやっていたことも、この記事にとって意味深長な出来事だった。

       

      『テルマエ・ロマエ』では『トイレット』とは正反対に、外国語で外国人の設定でありながら、主演俳優は日本人(阿部寛)だし、すべてのキャラクターがほとんど日本語(アテレコ)で喋るのである。

       

      実は流し見程度にしか見ていなかったので、あらすじ以外を詳細に語ることはできないのだが、なにかしらの縁を感じたので、機会があればさらに詳しくこの件について考察してみたいものである。





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